■二人の出会い
―――現在、テラ・ルネッサンスは創設者の鬼丸理事と小川理事長のリーダーシップで運営されているように思います。お二人の出会いやテラ・ルネッサンスを設立された経緯についてお教えください。
小川:テラ・ルネッサンスは、現在、私が理事長を務めていますが、ご存じのように創設者は鬼丸昌也です。彼は、立命館大学の学生だったころ、カンボジアの地雷除去活動を目の当たりにした経験から、学生団体を立ち上げて、地雷除去活動やそれに関係する講演活動を始めました。
私は、大学を卒業して青年海外協力隊に行きましたが、派遣されたハンガリーの街を拠点に、旧ユーゴスラビアの紛争後の様子を視察しました。当時は紛争が終わって4、5年が過ぎたころでしたが、ハンガリーの隣国であるクロアチアの首都、ザグレブで街中に残された砲弾や地雷の跡を見て、次第に紛争や子ども兵の問題に関心を抱くようになっていきました。帰国後は、大阪を拠点に活動していましたが、NGO関連の活動に参加している中で、鬼丸と出会いました。
鬼丸も私も、すでに国際支援活動に強い関心を持っていましたので、すぐに意気投合して、テラ・ルネッサンスの活動を始めました。その後、2005年ころになって本格的にNGO組織としてやっていきたいという思いが募って、法人格を取得しました。私もそれに合わせるようにウガンダに赴任して、元子ども兵の社会復帰活動や、紛争被害者の支援を開始するようになりました。
現在、私が理事長を務めていますが、2001年に鬼丸が任意団体を立ち上げたころから、10年おきに代表を変えようと考えていましたので、2011年からは私が理事長職を引き継いでいます。やはり、同じ人が長く代表をやると、良くも悪くも個人商店のようになってしまうため、リーダーを変えながら組織を大きくしていくのがよいと考えています。現在は、海外事業を私が担当し、鬼丸が国内のファンドレイジングを担当しています。
■支援者ファーストと受益者ファースト
――――国際支援活動を20年以上も続けてこられた背景には大変なご苦労があったことと思います。任意団体の設立から、短い期間で組織を広げてこられた秘訣をお教えください。
小川:そもそも私も鬼丸も経営を専門に学んだわけではありませんので、試行錯誤しながらがむしゃらに走ってきたというのが実情です。
NGOも一般企業と同様に、パッケージをよくすることで人気がでることもあれば、マーケットのプロが入って多額の資金調達に成功することもありますが、実際に美味しいものを提供できなければ、いずれ支援者はいなくなってしまいます。 私たちの活動も、最初はお金のないところからスタートしましたが、一貫して大切にしてきたことは、“支援者ファースト”と“受益者ファースト”です。当たり前のことのように感じられるかもしれませんが、“支援の質に対するこだわり”と、“支援してくださった方に、しっかりと成果を報告していく”ことの繰り返しで、活動が広がっていったと思います。