「イスラム教入門」 ~東京ジャーミイ 下山茂さん~ 

インタビュー
東京ジャーミイは一般の方にも門戸が開かれており、広報担当の下山さんのガイドによる施設内見学も開催されています。日本ではイスラムを知る機会は多くありませんが、イスラム教の普及に日夜尽力されている下山さんに東京ジャーミイとイスラム教についてお話し頂きました。
東京ジャーミイは、東京都渋谷区の代々木上原にある、日本最大のイスラム教寺院(モスク)です。
前身の東京回教学院は、1938年(昭和13年)にロシア帝国出身のタタール人たちのためのモスクとして設立されました。モスクが老朽化のために取り壊された後、亡命タタール人たちがトルコの国籍を取得していた縁から、トルコ共和国宗務庁の援助によってオスマン様式で再建され、2000年(平成12年)6月に開堂しました。

――――日本ではイスラム教に触れる機会は多くないと思いますが、イスラム教を信仰する方からみて、この状況はどのようにお感じになられているのでしょうか。

残念ながら、イスラム教文化は日本に正しく伝わっていません。その原因は明治維新にまで遡ると考えています。日本は明治時代、沢山の人が欧米に留学して近代国家を造っていきましたが、そのときに学んだ欧米人のイスラム教に対する偏見が、そのまま日本に伝わっているのです。
例えば、イスラム教徒の男性は四人まで女性と結婚できるというのは有名な話でしょう。
しかし、実際に四人も奥さんのいる男性はほとんどいません。それは教えが説かれた当時の社会福祉政策だったからです。当時は戦争に次ぐ戦争で、たくさんの男性が死にました。そのため、未亡人と孤児に対する救済手段として、複数の女性と結婚することが推奨されました。また、お金持ちの中には、10人以上の女性と結婚する人もいましたので、多くの女性と結婚できるという当時の社会に対して、結婚できる人の数を四人までに制限するという意味もありました。
日本でも、戦国時代には、沢山の男性が戦に参加しましたし、側室制度も長く続きましたので、一夫一妻制度が確立したのは明治に入ってからなのです。
しかし、イスラム教の一夫多妻制度だけがピックアップされて、酷い宗教のようなイメージだけが広がってしまっているのではないでしょうか。

インドで発見された0の概念は、アラビア数字の十進法と結び付けられてイスラム世界で発展し、ヨーロッパに普及しました。
また、アッバース朝に仕えたフワーリズミー(780 頃~850 頃)は、アラビアの数学を確立し代数学の創始者となった方ですが、天文学者としても有名です。彼の数学は 12 世紀以降のヨーロッパにも知られ、彼の名フワーリズミーからアルゴリズム(インド式計算法から転じて計算の手順の意)という言葉が生れています。
このように、イスラム科学は、現代の科学の基礎となるものをたくさん創り出しているのです。
日本に入ってきたイスラム教の知識の殆どはヨーロッパを経由していますが、欧米人のイスラム教徒への偏見がそのまま日本に入ってしまったために、日本ではイスラム教に対する正しい知識が普及していないのが現状なのです。

――――日本にも神社仏閣など宗教施設は沢山ありますが、モスクとの違いはどのようなところにあるのでしょうか。

今日は土曜日ですから、特に昼過ぎからはモスクに小さい子供がたくさんやってきます。
また、日本の神社やお寺と違って、モスクにはお坊さんはいません。聖職者がいないのです。ここにいるのは、トルコ政府から派遣された管理人と礼拝のリーダーだけです。ですから、神社仏閣というより公民館に近いのではないでしょうか。
モスクとは本来、生活の中心にあるものです。
そして、人間が社会を創ると揉め事が起きますよね。そういう時は、コーランに照らして調停をしてもらったのです。また、東京ジャーミイの入り口には書店がありますが、海外の多くのモスクでも、書店が入っています。また、学校や病院などが併設されることもあって、モスクは公共性の高い場所なのです。
モスクは神の庇護を受けるためのシェルターです。そしてそれは人間だけのものではありません。モスクには鳥小屋があるのですが、空を飛ぶ鳥も人間もどちらも神の創られた作品だから、モスクは鳥にとってのシェルターでもあるのです。鳥にも“休んでいきなさい”といっているのがモスクなのです。
どうです?イスラム教とは優しい宗教でしょ。

――――東京ジャーミイにはハラールマーケットがありますが、ハラールマーケットについて教えてください。

ハラールマーケットのハラールとは、許されたという意味です。神がOKを出した。ということですね。イスラムの戒律で有名なものに、豚肉を食べてはいけないというものがありますが、実は日本でも明治維新まで豚を食べることはできませんでした。江戸時代では建前としての獣肉食の禁忌は守られていたのです。
その理由は危なかったからでしょう。今、肉食が可能になったのは危なくなくなったからです。
日本では、公設の屠畜場で殺したものしか食用とすることはできませんが、肉食は衛生管理が徹底して初めて可能になったことです。一方、イスラム教やユダヤ教で解禁にならないのは神の言葉として聖典に入っているからです。

――――イスラム教には礼拝の時間がありますが、イスラム教の礼拝について教えてください。

礼拝の時間とは、食事の時間と同じようなものと考えて頂ければよいと思っています。

みなさん、朝、昼、夜そしておやつの時間と食事をしますが、礼拝もその時間に行います。食事を忘れる人はあまりいないと思いますが、それは食事をしないと生きていけないですからね。食事とは、身体の栄養でありエネルギーになるものですが、人間とは肉体だけでできているものではありません。肉体と精神でできています。そして、心の食事が礼拝なのです。そう考えると、礼拝の意味も分りやすいのではないでしょうか。

礼拝の時間になるとアザーンが流れます。すると、みんな礼拝堂に集まってきます。
礼拝堂の床には赤い線が引かれていますが、イスラム教では集団礼拝の際には必ずこの線に沿って横に並びます。ここには大統領も来られますが、大統領もタクシーの運転手も同じ列に並ぶのです。
日本では政治家が靖国神社に参拝に行くことがありますが、一般参列者と同じ列に並ぶでしょうか?
このことがイスラム教の人間観をよく表していると思います。

それは、神のもとで人間は平等であるということです。社会的地位だけでなく、肌の色の違いもそうです。アメリカは民主主義国家ですが、それでも黒人差別があります。モスクには肌の色の黒い人も多く来られますし、様々な民族の方が来られます。様々な人たちが一列に並ぶということは、民族の違いを超えなさいということなのです。
みなさん、ボクシングのモハメド・アリという方はご存じでしょうか。ヘビー級チャンピオンだった方です。モハメド・アリは東京ジャーミイを二回訪問されています。
アリは1960年のローマオリンピックで金メダルを取るのですが、帰国後、首からメダルを下げてレストランに入ると「黒んぼは出ていけ!」と言われて差別されます。そのため、何年後かにイスラム教に改宗したのです。「イスラム教では肌の色の違いで差別をしない。」と言ってね。
今はソーシャルディスタンスをとっているので離れて並びますが、本来はぴたっとくっついて並びます。それは、人と人とは助け合いなさいということを意味しているのです。


東京ジャーミイ・トルコ文化センター
住所:東京都渋谷区大山町1-19 電話:03-5790-0760
開館時間:毎日10時〜18時まで。


YouTubeチャンネル Tokyo Camii

東京ジャーミイチャンネルでは、美しいアザーンの調べも聴くことができます。

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