【伝統工芸見学】江戸三味線 向山楽器店

インタビュー

東京都江戸川区平井で向山楽器店を営む向山正成さんは、三味線職人の長男として生を受けた二代目です。江戸時代から続く伝統的技法で三味線づくりを続ける向山さんにお話を伺いました。

向山 正成さん
平成13年1月24日《東京都伝統工芸士》認定
平成25年《伝統工芸品産業大賞作り手部門功労賞》受賞
令和元年11月12日《東京都優秀技能者知事賞(東京マイスター)》受賞
開運!なんでも鑑定団鑑定士(和楽器担当)

――――向山楽器店の歴史についてお教えください。

父は日本橋にある三味線やお筝の問屋さんで、お筝の修業をしました。その後、復員してからは湯島の方で三味線の修行をしました。
昭和22年に平井駅(総武本線)の近くに6坪の店を構えたのが向山楽器店の始まりです。私がこの道に完全に入ったのは20歳の頃ですから、今年でちょうど50年になりますね。私たちの世代は子どもが跡を継ぐことが多かったのですが、師匠である父に習うだけでなく、青年部を組織して、会場に師匠を招いたり、訪問したりして、技術を覚えるというようなことも行いました。

――――三味線はお一人で作られるのでしょうか。

もともと三味線は分業制です。本来、竿もつくれるのですが、専門にやっている人の方が仕事は早いですから、分業が良いのです。竿は竿屋さん、胴は胴屋さんがいまして、それを我々が組み立てます。組立の過程では、糸巻きをつけたり皮を貼ったりしています。
今の作業は竿の減っているところを治しています。竿は大変硬い材料でできているのですが、使っているうちに勘所という部分が減ってくるのですね。勘所とは、指で竿を押さえる場所ですが、そこが減ってくると、指で押さえた際に、糸が竿に当たる場所が増えるのですね。すると音が割れてしまいます。そのため、竿を砥石で研いて平にしていくのです。見てもわかるように、うちの仕事は非常に根気のいる仕事ですよ。

これは皮を張る道具です。張り台といいます。張り台と木栓を使って皮を貼っていきます。
皮は破ける一歩手前まで引っ張らないと良い音は出ません。ですから、最初は随分と破きますよ。お札だったら破いても銀行に持っていったら変えてくれますけど、三味線の皮は破いたらおしまいですからね。

――――三味線の仕上げには、表面に何かを塗るのでしょうか?

修理に出されたものは別ですが、うちで作ったものは表面に何も塗りません。表面の処理としては、椿油をかけた後、油取りを行います。油を塗ったままだと酸化して曇ってしまいますので、落とし粉で油を取るのです。これが東京三味線の特長です。
磨きが東京三味線の特長とすれば、塗って仕上げるのが大阪三味線です。大阪三味線では良いものはうるし、安いものはカシューなどの塗料で塗っていきます。
また、三味線というと猫の皮を思い浮かべる方が多いと思いますが、それ以外にも、犬やカンガルー、ヤギなどの皮を使うことがあります。合皮を使っているお店もありますが、うちの場合、合皮は使いません。

――――先程、棹をトントンと叩いて棹を三つ折りにされましたが、棹をつなぐ継ぎ目が全く見えないですね。

持ち運びの際にコンパクトになるようにと三つ折りにしているのですが、良いものほど継ぎ目はわかりません。ただし、今は長いままで車に乗せて運ぶことが多くなりました。
棹の先には糸巻きが付いていますが、三味線づくりを習う場合、糸巻きづくりから始めます。糸巻きは巻いた後、そのまま止まらなくてはなりませんので、良い仕事をするには相当の修練が必要です。軽く回してピチッと止まるものが最高ですね。

――――三味線の皮は輸入品でしょうか。

原皮は輸入ですが、国内で加工している方もいらっしゃいます。
東京でも犬や猫を保護しているところがあって、引き取り手がいないものは殺処分していると聞きます。ただし、殆どが注射で殺してしまいますので、国内のものは三味線には使えません。一番音が良いところに注射を打つので、伸ばしたときに穴になってしまうからです。そのため、食文化のある国から原皮を輸入しています。

――――良い三味線とそうでない三味線の見分け方を教えてください。

一番安いものは花梨(カリン)という材料でできたものです。
高価なものは紅木(コウキ)でできたものですが、紅木もピンキリです。硬くて木目が詰まっているものは、すごい値段になります。
棹の木目を見てください。わかりますか?チリチリとした木目があります。これは栃の木に似ていることからトチというのですが、この模様が全体に出ているほど高価な材料となります。
また、胴の部分は木目の模様が丸くて模様が詰まっていて、コントラストがはっきりしているものほど高価なものになります。木目が詰まっているものほど材料としても固くなります。皮は、猫の皮を使う場合、上半身を表面に、下半身を裏面として使用します。皮はお客さんが決まってから貼ります。

―――― 一番高いものだとお幾らくらいするものがあるのでしょうか?

うちで収めたものではないのですが、今まで聞いたものではお筝で千八百万円というのがありました。それは象牙包み(※1)で金物もプラチナを使っていましたので、特注も特注ですね。
因みに、一番安いものだと、三味線は2万円からあります。本来、三味線の皮を張り替えるだけで、二万二千円ですので、二万円という値段は、初心者の方たちを増やしたいという思いでやっているものです。現在は三味線を作った端材でお箸を作る体験学習を行っていますが、参加された方には、三味線に触れてもらう機会も設けています。
新規のものだけでなく、中古のものも完全に直して販売しています。中古だと、百万円くらいのものがだいたい三十万円くらいで購入できます。
うちの場合だと、新規で作って最高の仕事をしてくれということになれば、良い材料を持っていますので、三味線で三百万円〜三百五十万円という値段になります。棹を作るための材料だけで百万円するのですが、その材料に加工を加えたり、金を施したりしますので、最終的にそのくらいの値段になります。
※1)象牙包み:糸が当たるところなどに象牙を使用した筝のこと。

―――― 一丁の三味線はどのくらいの期間、使えるものなのでしょうか。

皮の張り替えなどのメンテナンスは必要ですが、大事に扱っていれば、一生使えます。明治や大正に作られた三味線の修理の依頼は沢山ありますし、未だに江戸時代の三味線の修理に来られることもあります。
ただし、新しいものを作るための材料は減ってきていますね。これは紫檀(※2)という硬い材料ですが、ワシントン条約によって、1985年以降は一切入ってきていません。
三味線の材料はワシントン条約や動物愛護に関係しているものばかりです。例えば一番良い三味線には紅木(レッドザンダー)という材料が使われますが、ワシントン条約上は二類に分類されているため、全く取引ができないわけではないのですが、入ってこなくなって18年以上が経ちます。

※2)紫檀(シタン):マメ科ツルサイカチ属のうち、銘木として利用される数種の木本の総称。銘木(めいぼく)とは、木材や板材のうち、稀少な杢があるものや、材種自体に希少価値のあるもののこと。

――――東京三味線と津軽三味線の違いを教えてください。

津軽三味線というのは津軽民謡を弾くための三味線です。東京三味線というのは東京を含む東京近郊で作られた三味線のことです。一方は曲目、一方は産地を表しています。
津軽三味線は東京三味線と同じように地名が入っていますので、津軽で作っているように誤解されがちですが、津軽三味線も我々が作っています。

――――三味線の大きさは決まっているのでしょうか。

基本の大きさがあって、それより短いものを短棹といいます。単棹は高い音がでますので、声の高い人は短棹の方がやりやすいのです。普通の寸法のもので高い音を出すと、糸が耐えられなくて切れたりしますので、求められる音域によって長さを変えます。
端棹で一番詰め方の少ないものは一寸づまりですが、津軽三味線では、女性の声が高めなため、一寸づまりが流行った時代もありました。
全体的に津軽三味線の棹は太くなる傾向にあるのですが、高い音を求めるなら短棹の方が適しています。
また、強弱のある音を求める場合、胴を大きくして、棹を太めにして、皮を厚めにして作ります。

――――三味線が一番売れた時代はいつでしょうか?

民謡ブームの時代ですね。それまでは着物を着て、袴をはいてから三味線を弾いていましたが、昭和40年代から50年代の初めの頃に金沢明子さんや原田直之さんが若手として出てこられまして、三味線も手軽に引けることを広めてくれました。そこで、民謡を習うことがステータスになっていったのです。
その後、カラオケが流行ってきて三味線は衰退していきました。カラオケの機械さえあれば、三味線を習わなくても、フルオーケストラで演奏してくれますからね。
民謡ブームでは、中国の方にも買っていただいて、中国でも三味線がつくられるようになりました。現在、日本で技術者が減っているのはその辺りの理由もあります。
近年では中国も賃金が上がっていて、三味線を作っても採算が取れなくなっているのですが、国内で作ろうとしても、既に国内には職人がいないのが現状です。

――――需要としてはお稽古場に通われている方が多いのでしょうか。

まあ、多いですね。あとはコロナで家にいるから、前からやってみたかったということで始めた方もいらっしゃいます。今はネットを見れば、自己流でもそれなりにできますので、先生に就かない人の方が多いのではないでしょうか。そのため、安いものの方が売れますね。

――――同業の方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。

東京とその近郊を含めて組合に入っているのが43件ありますが、組合に入っていない方を含めても100件とはないですね。日本全国でもおそらくは200件くらいではないでしょうか。

――――現在は三代目が、修行をされているのですね。

修業をはじめて8〜9年くらいですが、まだ全ての仕事を覚えられてはいません。この仕事はすぐにお金を稼げるようにはなりませんし、三味線や筝が売れない時代ですから、親子でなければ伝承は難しいですね。

インタビュアー 嶋崎


屋号:向山楽器店
創立:昭和12年3月
住所:〒132-0035 東京都江戸川区平井4-1-16
TEL:03-3681-7976
FAX:03-5836-58・83
E-mail:info@mukouyama.jp
業務内容:琴三味線・その他和楽器の販売と修理
定休日:年中無休
営業時間:10:00~18:30
Webサイト:https://www.mukouyama.jp/index.html
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